夏休み終盤。子どもの疲れに気づかなかった親の後悔

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夏休み終盤。子どもの疲れに気づかなかった親の後悔

8月も下旬に入ると、家の中がなんとなく静かになってくる。

妻の里美は週3のパートから帰ると、いつもより疲れた様子で「夏は本当に大変ね」とつぶやく。

そんな中、長男の和也は部活の大会が続いているし、次女の美幸は受験対策で塾の夏期講習に通っている。

二人とも忙しそうだから元気なんだろう、そう勝手に思い込んでいた。

ところが先日、美幸が夜ご飯の時間になっても食卓に来なかった。

珍しいなと思って部屋をのぞくと、ベッドに横たわったまま。

「体調が悪いのか」と聞いても、「別に。

ただ疲れた」という返事。

その時初めて気づいた。

この子、ここ2週間ずっと疲れた顔をしていたじゃないか。


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■ 親が見落としやすい疲労のサイン

思い返してみると、和也も最近、朝の準備が遅くなっていた。

いつもは5分で支度する子が、10分かかるようになっていた。

夜もスマートフォンを持ったまま、布団に入ってからずっと画面を見ているわけではなく、すぐに寝てしまう。

つまり、単に疲れているだけなのに、私は「部活で疲れているんだろう」と、その先を考えていなかったのだ。

子どもの疲労は、大人のように「疲れた」と言葉で伝わるとは限らない。

むしろ、動きが鈍くなったり、返事が短くなったり、好きなことへの反応が薄れたり。

そういった小さな変化が、実は疲労が溜まっているサインなのだと、妻に指摘されて初めて気づいた。


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■ 毎日の「ちょっとした確認」が大事

新渡戸稲造の『武士道』には、「相手を思いやる心は、小さな気配りから始まる」というような一節がある。

正直に言えば、私はここまで、子どもたちの疲労を軽く考えていた。

夏休みは遊びや活動の時間だと思っていたから、疲れるのは当たり前だと思っていたのだ。

でも親としてできることは、その疲れが「回復可能な範囲」なのか、「溜まり続けている」のかを見分けることじゃないだろうか。

朝、子どもの顔を見た時に「今日はいつもと違うな」と感じる感度。

夜、食卓で「今日どう?」と聞いた時の返事の質。

そういう日々の小さな確認が、親が気づきたいサインを見つけるための第一歩なのだと思う。

夏休みはまだ続く。

でも、子どもたちの疲れを甘く見てはいけない。

親の気づく力が、子どもたちの夏を守るのだと、今更ながら実感している。

読んでくれてありがとう。

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