敬老の日の帰省で気づく親の食事の変化。やさしさを形にする工夫
敬老の日の帰省で実家に着いた時、母が用意してくれた昼食を一緒に食べていて、ふと違和感を覚えました。
いつもは張り切って大皿料理を並べる母が、今年は小ぶりなおかずばかり。
そして食べている最中、父が少し時間をかけて、噛む回数が多くなっているように見えたのです。
私はおっちょこちょいなところがありますが、こういう細かい変化には気づく方です。
食卓を見つめていると、父が「最近、歯が弱くなってな」と何気なく話しかけてきました。
母も「柔らかいものの方が食べやすいみたいで」と付け加えます。
その瞬間、親も確実に年を重ねているんだということが、ぐっと胸に落ちてきました。
妻の里美は食卓を見回しながら「そっか、そういう時期なんですね」と自然に言いました。
彼女は週3でパートに出ているだけあって、人間観察が鋭い。
その後、母に「何か食べやすいものがあれば教えてほしい」と聞いてくれたのです。
正直者で素直な性格の私も、その場で親の話をちゃんと聞く大切さを改めて感じました。
帰省中、和也と美幸も親の様子に気づいたのか、二人とも自分たちが手伝えることを自然に探していました。
高校生の長男・和也は食事の時に「爺ちゃん、これ食べやすい?」と聞いたり、中学生の美幸は食後に水を注いでくれたり。
子どもたちの何気ない気遣いが、親にどれほど届いているのか、その時初めて意識しました。
新渡戸稲造の『武士道』を愛読書としている私は、相手を思う気持ちを行動で示すことの大切さを学んできました。
親の食事の変化に気づくことも、それに応じて何かを工夫することも、すべてはそこから始まるんだと思います。
帰省から帰った今、親との距離を感じながらも、小さな気遣いの積み重ねが、本当は一番大事なんだと気づかされた敬老の日になりました。
親世代との向き合い方は、急に変わるものではなく、こうした日常の中で少しずつ形を変えていくんだと感じます。
いつもお読みいただき、ありがとうございました。

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