敬老の日、高齢の親との移動を快適にする。妻の気遣いから学んだこと
敬老の日が近づくたびに、妻は早めに親の体調を気にし始める。
「お父さんとお母さん、最近は長く座ってると腰が痛いって言ってなかった?」という何気ない一言から、今年の計画が動き出した。
正直なところ、私はつい「会えばいいじゃないか」くらいの感覚で考えていた。
そこが甘かったのだと、妻の準備を見ていて改めて気づかされた。
親の家は車で1時間半ほど。
毎年同じ道を走っているのに、今年は妻が違う視点を持ち込んできた。
「移動中に親が疲れないようにしようか」という提案だ。
ふと考えると、年を重ねた親にとって、移動そのものが体力を消耗する出来事なのだろう。
乗車時間、座席の快適さ、休憩のタイミング。
こうした細かいことが、その日全体の親との時間の質を左右するのかもしれない。
妻は出発の前夜、車のシートに置くクッションを用意していた。
「腰が痛いって言ってるから、これがあると違うんじゃないかな」。
また、休憩場所も事前に調べ、トイレが広めで段差が少ない施設を選んでいた。
私は「そこまで?」と思った。
だが、親を迎えに行った時、父が車に乗り込む時の動きが少し楽そうに見えた。
母も「ありがとう、気が利くね」と嬉しそうだった。
帰路の休憩地点で、親が「今日は体が楽だ」と話しているのを聞いた時、妻の準備がどれほど大切だったのかが腑に落ちた。
親孝行とは、特別な場所に連れて行くことだけではなく、そこへ至る過程を快適にすることも含まれるのだ。
新渡戸稲造の武士道に「思慮深さ」という言葉があるが、妻のこの気遣いはまさにそれだと感じた。
■ 小さな工夫が親の笑顔を作る
高齢の親との移動を考える時、「到着すること」だけを目指すのではなく、「どう快適に過ごしてもらうか」という視点が本当に大事なのだと、この敬老の日で学んだ。
来年もこの気づきを忘れずに、妻と一緒に親への計画を立てたいと思う。
いつもこうした視点をくれる妻に、本当に感謝している。

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