敬老の日、親と過ごす秋の日中。妻に教わった無理のない時間の作り方
敬老の日が近づくと、親のことが頭をよぎる。
今年は親と一緒に時間を過ごそうと思い立ったのだが、何をしたらいいのか見当がつかない。
そんなことを妻に話すと、里美は笑いながら「無理に特別なことをしなくていいんじゃない?」と言った。
その一言で、私の肩の力がふっと抜けた。
■ 秋の日中、親が疲れない過ごし方を考える
親も年を重ねている。
敬老の日だからと遠出や長時間の外出を計画すれば、かえって親に負担をかけるかもしれない。
里美は「日中の短い時間で、親が心地よく感じることを一緒にやればいい」と言う。
確かに、朝早くから晩遅くまで付き添うことが親孝行ではないのだろう。
秋の日中は気候がいい。
だからこそ、無理のない範囲での外出や、家での過ごし方が活躍する。
親が座ってくつろげる場所を用意し、話を聞き、一緒にお茶を飲む。
そうした小さなことの積み重ねが、親にとって嬉しい時間になるのではないか。
■ 親の「疲れた」を見落とさないこと
営業の仕事をしていると、相手の表情や仕草から気持ちを読み取ることが大切だと学んできた。
親との時間も同じ。
座っている姿勢が変わったら、立ち上がるのが辛いサインかもしれない。
話が少なくなったら、疲れが出ているのかもしれない。
そうした小さな変化に気づくことが、親を思いやることなのだと思う。
妻は自然とそれをやっている。
親に「どう?疲れてない?」と何度も聞くのではなく、親の様子を見ながら、さりげなく休憩の時間を作ったり、話題を変えたりしている。
正直者で素直な自分は、時にそうした気配りを見落としてしまう。
だから妻の姿を見ていると、学ぶことばかりだ。
■ 敬老の日は「親を知る日」かもしれない
敬老の日に親と過ごす秋の日中。
それは親に何かをしてあげる日というより、親のペースに合わせて、親が何を喜ぶのかを知る日なのかもしれない。
親の好きな食べ物、親が話したいこと、親が楽しいと感じる時間。
そうしたことを丁寧に観察し、来年に繋げていく。
敬老の日だからと気張らず、親が無理なく楽しめる秋の日中を一緒に過ごす。
そのシンプルなことが、実は一番難しく、一番大切なのだと、妻の姿から教わった気がします。
今年の敬老の日、私たち家族はどんな時間を過ごそうか。
親の笑顔を思い浮かべながら、計画を立てたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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