敬老の日に親と過ごす秋の食事。妻の工夫から学んだこと
敬老の日が近づくたびに、親と過ごす時間の大切さを改めて感じます。
今年も妻が親を招いて食事をしようと計画してくれていました。
いつもなら何も考えずに任せてしまう私ですが、最近は少しずつ気をつけるようになってきました。
準備の日、妻が台所で何やら工夫を凝らしていました。
秋の野菜を選んでいるのですが、いつもより細かく切ったり、柔らかく煮込んだりしている。
「親は歯が弱くなってるから、食べやすさが大事なんだよ」と妻が教えてくれました。
正直、そこまで気が回っていなかった自分が少し恥ずかしくなります。
敬老の日の当日、親が到着しました。
父は80を超え、母も70代後半です。
テーブルに並んだ秋の食事を見ると、栗ご飯、柔らかく煮た里芋、食べやすい大きさに切った秋刀魚。
どれもが親のことを思った配慮に満ちていました。
親たちの顔が明るくなるのを見て、こういう小さなことの積み重ねが家族の時間を豊かにするんだと気づきました。
食事中、父が「こういう気遣いがありがたいんだよ」とぽつりと言いました。
その言葉が、自分にとってはとても重かった。
武士道を愛読書としている私は、正直さと相手を思う気持ちの大切さを信じていますが、それが本当に大事なのだと改めて感じた瞬間です。
後片付けをしながら、妻に「いつもありがとう」と言いました。
親の年齢を重ねるにつれ、一緒に食事をする時間の価値が変わってくるんだと思います。
高齢の親と過ごす秋の食事は、ただ栄養を摂るだけではなく、相手を思いやる気持ちを形にする時間なんですね。
来年も、もっと自分も考えて準備に関わりたいと思いました。
親との時間を大切にしてくれている妻に、心から感謝です。

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